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パラオに行ってきた

この前、1週間夏休みをとって、パラオへスキューバダイビングに出かけた。

パラオ、さすが、ダイビングの聖地である。
ダイバーになってから、私はナポレオンフィッシュ(メガネモチノウオ)を直に見たいものだと思っていたが、当たり前のようにあちこちの海に泳いでいた。
ウミガメが一本のダイビング中に、はい1匹目、2匹目、…と何度も現れたのも驚きだ。
あと、サメ。
日本でダイビング中に見かけるサメは、岩陰に寝ている(?)ようなものばかりだが、パラオでは海の中層を優雅に泳いでいて、一種の「カルチャーショック」だった。
ギンガメなどの大群も壮観であった。

それで、ダイビングが終わって陸に上がってからのことだが。
パラオで一番大きい町はコロールというところで、そこのホテルに私は泊まっていた。
しかし、町の規模は日本の田舎町と同程度であり、20~30分あれば町全体を歩けるくらいである。
パラオ滞在中、予定を入れない日を一日入れたのだが、娯楽がなく、正直言って暇だった。
別にクーデターが起きているわけではないが、パラオは深夜12時からは外出禁止になっており、夜中に呑み屋を渡り歩いてはしご酒などといったことはできない。
娯楽がないのは、それと関係しているのかなあ?

アイスバケツチャレンジ

要するに、「不幸の手紙」と同じじゃないか。
私は万一指名されても、やりませんよ。

北陸新幹線、来年3月14日開業



昔私は特急「白山」で上野から金沢まで行ったが、一日がかりの汽車旅だった。
それが北陸新幹線で東京・金沢間が2時間半で結ばれるとは、隔世の感である。

…というのは東京からの視点で、大阪から見ると、大阪・富山間の列車が金沢で分断されることになる(和倉温泉まで行く特急は残るだろうが)。
今までは、特急「雷鳥」→「サンダーバード」が大阪・富山間を結んでいたが、それらがみんな金沢発着になる。
だから、金沢から先、高岡・富山まで行こうとすれば、金沢で乗り換えねばならず、ちょっと不便になるな。

ここでふと思いついたが、北陸新幹線の金沢・富山間を走る特急「つるぎ」は、「サンダーバード」の金沢・富山間を継承するものなのか。

スポーツに精神論を持ち込むな

何度かこのブログで書いたと思うが、私はスポーツが大嫌いである(他人がやっているのを見るのは好きだから、五輪やサッカーW杯などは見るけど)。
それは、学校のスポーツが精神論一辺倒で、どうすればスポーツができるようになるか教えてくれないので、もともとスポーツ音痴の私は少しもスポーツができるようにならず、コンプレックスを膨らませるばかりであった。
「頑張ればできる」って、100回言われてもできるようにならないよ。
精神論ではスポーツはできない。
憲法9条では平和は守れない。

このようなことを書いたのは、甲子園である投手が「超スローボール」を投げて、それに対して賛否両論が湧き上がっているからである。
ゆる~い球を投げて打者の気持ちを乱したところへ普通の球を投げてアウトにするようである(私の聞いたところでは)。
それに対し、「ふざけるな」などと非難する人がいて、それに対してネットで反論が起こる…といった事態になっている。

スポーツは心理戦。
ライバルを精神的に撹乱してペースが乱れたところで、自分が勝利を勝ち取る。
超スローボールもそういう心理戦だと思う。
それに対して、甲子園球児らしく堂々と勝負しろなどと言うのは、非科学的な精神論だと私は思う。

http://www.j-cast.com/2014/08/15213227.html

キセル自慢について

昔の話になるが、私が学生のとき嫌だったことのひとつが、電車をキセル乗車したという武勇伝(?)を聞かされることであった。
いまは自動改札機がかなり普及してきので、その手の話は聞かなくなったが。
それはともかく、キセル乗車してどれだけ交通費を浮かせたかという話、さらには、まともな運賃を払う者をバカ呼ばわりする者もいて、すごく不愉快だった。

新幹線にしろ近所の通勤路線にしろ、当たり前のように毎日走っているが、この世が始まった時から鉄道があったわけではない。
イギリスの鉄道技術の見よう見まねで明治5年に新橋・横浜間に鉄道を開通させ、その後少しずつ日本列島に鉄道網を広げていった。並行して、お雇い外国人の手から離れて、日本人の手で機関車をつくるようになった。
そうして、多くの先達が一生懸命になって鉄道インフラをつくりあげ、それを現在多くの人達が維持し改良し続けている。
そうやってできた鉄道であるから、運賃という対価を払うのは当然である。
それが嫌なら歩いて行けと言いたい。

日本の交通インフラがどれだけ日本人の生活を豊かにしているか、考えてほしい。
テレビの旅番組などでよく見るが、発展途上国に行くと、鉄道はなく、主要な交通手段がおんぼろのマイクロバスだけである。
そして、そんなバスに乗って、舗装されていない悪路を何時間も揺られて行くのである。
正規の鉄道運賃を払うのが嫌な者は、こういう環境で暮らしてみればどうだ?

さらに、上に記したことは、「コンクリートから人へ」というひと頃はやったスローガンがいかに浅はかなものであるかを示している。
コンクリートも人も大事なのである。

原爆犠牲者の慰霊は二の次、左翼団体

"KAZUYA Channel"でお馴染みのKAZUYAさんは、8月6日広島原爆の日に広島にいたそうである。
そして、祈念式典当日の会場近くの様子を動画で紹介している↓
https://www.youtube.com/watch?v=Tz86amzRg7g

見て驚いた。
香ばしい団体が式場近くをデモ行進している。
そして、
「原発やめろ」
「安倍(総理)出て行け」
などと連呼していて、YouTubeで見ているだけでもうるさくて仕方ない。
追悼とか慰霊とかという行為は、もっと静かな厳かな雰囲気の中で行うものだろう。
この左翼団体にとって、原爆犠牲者の慰霊は二の次なんだろう。

エボラ出血熱、いたずらに不安にならないように


エボラ出血熱がアフリカで流行し、問題になっている。
外務省の海外安全ホームページを見ると、ギニア、リベリア、シエラレオネについて、不要不急の渡航は延期するよう、滞在者は早く退避するよう呼びかけている。

このエボラ出血熱の日本上陸そして感染が懸念されているが、厚生労働省によれば、日本での可能性は低いということである。
エボラ出血熱は、MERSや鳥インフルエンザと違って新たに現れた感染症でないので、検査方法や医療体制は確立されている。
感染ルートは患者の血液や排泄物などに触れることとされている。
アフリカでいま流行しているのは、人々が病気について正しい知識を持ってなく、感染防止策が取られていないからだそうである。
また、エボラ出血熱は空気感染しないので、万一感染者と同じ飛行機に乗り合わせたとしても、それがもとで感染が広がるおそれはほとんどないということである。

要は、いたずらに不安になる必要はなく、正しい知識を持つことである。

社民党の集団的自衛権反対ポスター

社民党がこんなポスターを作りやがった。
shamintou.jpg
偽善者の香り、プンプン。
「不肖・宮嶋」ことカメラマンの宮嶋茂樹さんは
 社民党はわが国に認められた集団的自衛権に反対するために、わざわざこんなもん作ったんか? 同盟国が、たとえばアメリカが助けを求めても助けんのや。そうなったら、このポスターのような少年が逆に増えるんやで! これが教条主義者の思考回路なんやな。

と言っている。
全くそのとおりだ。
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20140807/dms1408070830005-n1.htm

法令遵守は大事


最近ニュースで「コンプライアンス」という言葉をよく聞くけど、日本人なら日本語で「法令遵守」と言えよと言いたくなる。

それはともかく、川の中州でキャンプをしていた親子が流されてしまった惨事。
キャンプ場を運営している業者は、神奈川県に無許可で川の中州に土砂を運び込んでキャンプ地を造成して、何度も県の行政指導を受けていたそうである。
全くけしからん話であり、違法運営の代償が母子の死という最悪の形で現れたのは痛ましい。
法律・条例から官公庁の通達まで、社会のルールを守ることの大切さを通関させられる。
一方で、川の中州でキャンプをすることは、アウトドアの専門家に言わせると大変危険なことだそうであり(中州は川底に土砂が堆積してできているのである)、我々も社会のルールそして自然の掟を守ることが重要である。

法令遵守でもコンプライアンスでも、すべての人が尊重しなければならない。

海の日、7月20日に戻る

 自民党は1日、7月の第3月曜日に指定されている「海の日」を制定当初の7月20日に戻す方針を固めた。共産党など一部を除く与野党が賛同しており、秋の臨時国会に祝日法改正案の共同提出を目指す。…

http://www.jiji.com/jc/zc?k=201408/2014080100669&g=pol

海の日が当初7月20日に制定されたのは、明治天皇が東北地方ご巡幸から帰られ横浜港に着かれたのが明治9年7月20日であったことにちなんでいる。

国の祝祭日が休日になっているのは、記念行事を行うために学校や会社を休みにしているのである。
レジャーの日ではないのである(と言いつつ私もレジャーに出かけているので、エラソーなことは言えないが)。

自民党幹部は「海の恩恵に感謝する趣旨で定められた祝日に対する意識が希薄になっている」と法改正の必要性を訴えている。

ということだが、全く同感である。
明治節(明治天皇のお誕生日)が「文化の日」となっていたり、新嘗祭が「勤労感謝の日」になっていたりと、いまの日本の祝祭日は本来何の日だったのかわかりにくくなっている
(それを考えると、4月29日が「昭和の日」となったのはGJであった)。
これをきっかけに、祝祭日の本来の意義を確かめたいものである。

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