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「ゆとり教育」は何故ダメだったのか

子供をしつけるとき、

(1)テストで100点取れるように頑張りなさい
(2)明るく元気な子になりなさい

どちらが子供にとって楽だろうか?

私は、(1)の方だと思う。

(1)は、ただ勉強すればいい、それだけ。
勉強の仕方がわからなければ、和田秀樹さんの本や「ドラゴン桜」など、勉強の仕方を指南する書物はいくらでもある。
テストで100点とって自信がつけば、性格の方も自然に明るく元気になる。

(2)、人間の性格を変えるのは途方もなく難しい。
それに、どうすれば明るく元気な性格になれるか、私も方法はわからない。
子供は「どうすればいいの?」と途方に暮れるだろう。
そして、心が荒れて、かえって悪い性格になるかもしれない。

「ゆとり教育」がダメだったのは、(1)より(2)の方を目指したからかもしれない。

ノブレス・オブリージュ(島田叡氏)

学歴社会という少々嫌味な話が続いたので、この話を。。。

「ノブレス・オブリージュ」という言葉を御存知の方も多いだろう。
エリートたる者、普段はいろんな特権を享受しているのであるが、いざ国が戦争になったら、先頭に立って敵に突っ込むのがエリート階級なのである。
それがノブレス・オブリージュであり、エリートはノブレス・オブリージュという重いものを負うのである。
第一次世界大戦の戦死者には、英国の貴族階級の子弟が多く含まれると聞く。

日本にもノブレス・オブリージュを体現した人がいて、そのひとりが島田叡氏である。
彼は戦前最後の沖縄県知事である。
戦前の県知事は今のような公選でなく当時の内務省から派遣されていた。
その内務官僚だった島田氏が沖縄県知事に選ばれたのだが、そのときは大東亜戦争が激戦となり、沖縄に行くのは死ににいくようなものだとみんな反対した。
しかし、島田氏は、私が行かねば誰が行くといって、沖縄へ赴任したのである。
そして、沖縄に着くやいなや、沖縄県民の疎開を進めたり、台湾へ行って米を調達したりと、戦時下の沖縄県民を守るため奔走した。
戦争が激しくなり、最後は摩文仁で自決したと言われている。

日本のエリート達にはこの「ノブレス・オブリージュ」の精神を教えるべきだと思うのだが、それを言うと、お前は右翼かとか言われるものだしねえ。。。
さっき、息子(小6)にノブレス・オブリージュの話をしたら、彼はかなり抵抗感を示した。
これも学校教育の影響かねえ。。。
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